いまのお仕事は基本的に土日出勤の平日休みです。
いいところとわるいところを考えてみたのだけど、月並みなことしか浮かばずに結構どうでもいいことだと分かりました…
でもいまの仕事の仕方は気にっています。土日が休みだった頃よりも本を読む時間を増やすことができるようになったと思います。平日だと、休みだと分かっていても早起きしちゃうんだよね。
あと、遊んでくれる人がいないのでお金も貯まります(笑)
2012年3月25日日曜日
2012年3月23日金曜日
島根の友だちから
連日身体が花粉と闘ってしまって辛いです。毎年、この時期は一年の1/6を損した気持ちになります。
ここが世界の中心だって言える地域を作るんだっ!!といって島根の山村に移り住んだ特別な友だちから野菜が届きました。
完全有機栽培で育てた野菜です。ニンジン、カブ、小松菜、大根、ホウレンソウ、ネギ、さつまいもetc。どれも信じられないくらいに美味しく、素直に感動しました。
彼に、こんなに美味しい野菜を育てられるなんてスゴイ!!と伝えたら、「土地と水が凄いのであって自分は凄くないよ」と返ってきました。
同封されていた「野菜を通じて伝えたいこと」には彼の想いが、素朴でとても素敵な文章で表現されていました。写真にとってUPしましたが、全文を書きます。
現代社会における、一つの確かな価値観を読み取ることが出来ます。
以下、転載。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
野菜を通じて伝えたいこと。
僕の使命は、“最高に楽しい持続可能な生き方の模索と発信”です。
そのために、僕は「お百姓さん」という生き方を選びました。
お百姓は 100の生業を営み、
お百姓は 自立して文明をあてにし過ぎず、
お百姓は お互いに助け合い
お百姓は 土とともにある道を選ぶ。
そんな生き方が最高にかっこいいと思い、目指しています。
百姓仕事を通じて、里山の文化や風景を復活させてかっこよくて癒される地域づくりに貢献したいと思っています。
日本のお百姓さんは、気の遠くなるような長い時間をかけて、子供や孫に伝えていける豊かな土地を作り、自然を切り開きながらも、広葉樹林の森とともに生きるすべを身につけ、その技を培ってきました。
それを現代人は“里山”と名付け、積極的な見方をしていこうと努力しています。
僕はこの考え方を参考にして、人と自然が調和して生きることのできるあり方を模索しています。
野菜を通じて皆さんにもこの取り組みの参加者になってもらえたら幸せです。
100の業で、今僕が身に着けようと奮闘しているものは、山仕事です。
もともとこの地域(吉賀町周辺の西石見)は、山仕事で生計が成り立っていました。
山に分け入り、こうぞやみつまたといった和紙の原料をとり、広葉樹林を伐採して炭焼きを行い、山と里との間に刈り場があったそうです。
その当時の風景を見、聞きすると、今でも美しいと思うこの地域が、どれほど美しいものだったのだろうかと、わくわくしてなりません。
そして、昔の生業が変遷していく様子、荒廃しつつある山と里をおもうと胸の詰まる思いです。
おじさんやおばさんが話を聞かせてくれるような、大きな魚が取れて、ホタルがいて、子供が安心して山の中で遊べる。
そんな風景をみてみたいのです。
野菜のやり取りや交流という手法を通じて、みんなで参加する未来の里づくりをおこないたい。
そんな趣旨に賛同してくれる方と、お付き合いが出来れば幸いです。
長文に付き合っていただき、どうもありがとうございました。
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2012年3月15日木曜日
ちはやふる第90首
単行本発売を待つことに耐え切れず、ついに買い始めてしまいました。ちはやふる連載誌BE-LOVE。書店で買うときちょっと恥ずかしかったです。
第90首。高校選手権決勝、新VS詩暢。ドキドキの展開です。
決勝戦を観るため、太一に腕をつかまれ会場入口まで連れてこられたちはや。でも、試合を観るのが怖くなり会場に入ることを躊躇うちはや。
そんなちはやに向けて富士崎高校の翠先生が発した言葉がカッコよかった。
「「これ」と決めた道で、知らないほうがいいことなんて一つもないわよ」
次号は恐らく新VS詩暢の決着編。新優勢に対し詩暢の挽回は起こるのか!?
楽しみです!!
第90首。高校選手権決勝、新VS詩暢。ドキドキの展開です。
決勝戦を観るため、太一に腕をつかまれ会場入口まで連れてこられたちはや。でも、試合を観るのが怖くなり会場に入ることを躊躇うちはや。
そんなちはやに向けて富士崎高校の翠先生が発した言葉がカッコよかった。
「「これ」と決めた道で、知らないほうがいいことなんて一つもないわよ」
次号は恐らく新VS詩暢の決着編。新優勢に対し詩暢の挽回は起こるのか!?
楽しみです!!
ちはやふる16巻
2012年3月13日火曜日
3.11後の一年を振り返って
3.11から一年経って、私自身のことを振り返って考えてみると、必要以上に気負っていたなと感じます。
何かしなきゃと何かしたいの想いと、何も起せない、何も変わらないんじゃないかという焦りが良くない絡まり方としていたと思います。
これからは気負わずに生きて行きたいです。現実から目を背けずに、気負わずに生きるのは挑戦だと思います。
そして出来れば地に足をつけて、大地に根をはって生きて行きたいです。アスファルトの都市にいて、そんな生き方が可能かどうか分かりません。その道を開発してみたいです。
何かしなきゃと何かしたいの想いと、何も起せない、何も変わらないんじゃないかという焦りが良くない絡まり方としていたと思います。
これからは気負わずに生きて行きたいです。現実から目を背けずに、気負わずに生きるのは挑戦だと思います。
そして出来れば地に足をつけて、大地に根をはって生きて行きたいです。アスファルトの都市にいて、そんな生き方が可能かどうか分かりません。その道を開発してみたいです。
2012年3月12日月曜日
FTCJのイベント参加
Free The Children Japanのチャリティーイベントに参加してきた。
この団体、名前は知っていたのだけど、活動内容はほとんど知らなかった。子どもによる子どものための国際協力というのが趣旨の団体だった。
そういうわけで、今日のイベントは全て中高生たちの手によるもの。大人顔負けの素晴らしいイベントだった。
音楽やお笑いやダンスといった自分たちの好きなことを表現する、と同時にインドの児童労働についてのレクチャーや、団体説明、インドを知るためのクイズも行うというミクスチャースタイル。
テンポがとても良く、疲れず、適度に集中できて、色々なことが頭に入ってきた。
国際協力に関するメッセージの発信は、大人が大人に対して行うよりも、中高生たちが発信した方がはるかに影響力があるのではないかと感じた。
拙さが武器になっている部分はあるものの、それ以上に輝くエネルギーがみえる。一生懸命というやつかもしれない。
偶然、ここの団体はモンゴルのシングルマザー支援も行っていて、聞いてみたら自分が関わっていたところだった。縁を感じます。
今年に入ってから積極的にイベントに参加するようにしている。今日のは収穫の大きい内容だった。
この団体、名前は知っていたのだけど、活動内容はほとんど知らなかった。子どもによる子どものための国際協力というのが趣旨の団体だった。
そういうわけで、今日のイベントは全て中高生たちの手によるもの。大人顔負けの素晴らしいイベントだった。
音楽やお笑いやダンスといった自分たちの好きなことを表現する、と同時にインドの児童労働についてのレクチャーや、団体説明、インドを知るためのクイズも行うというミクスチャースタイル。
テンポがとても良く、疲れず、適度に集中できて、色々なことが頭に入ってきた。
国際協力に関するメッセージの発信は、大人が大人に対して行うよりも、中高生たちが発信した方がはるかに影響力があるのではないかと感じた。
拙さが武器になっている部分はあるものの、それ以上に輝くエネルギーがみえる。一生懸命というやつかもしれない。
偶然、ここの団体はモンゴルのシングルマザー支援も行っていて、聞いてみたら自分が関わっていたところだった。縁を感じます。
今年に入ってから積極的にイベントに参加するようにしている。今日のは収穫の大きい内容だった。
2012年3月11日日曜日
ALWAYS三丁目の夕日'64
今日の映画。封切りから2ヶ月近くたってようやく見れた「ALWAYS三丁目の夕日64」。よかったです。
舞台は私が生まれる13年前の東京。比較的記憶力のいい(と思われる)私ですが、スクリーンで再現された景色は全く見覚えがありません。ほんの10数年という時間なのに、その変化は本当に驚異的です。
吉岡秀隆演じる茶川さんが半分道楽で営む駄菓子屋さん。80年代までは私の実家の近所にもたくさん有りました。こども達が付けた名前が面白くて「へっこみや」「でっぱりや」「とうふや」「しぶじぃ」「はまだ」などなど。それと何故か店主はみんな「じじ」「ばば」だった。
駄菓子屋はこども達のたまり場で、メンコやシール、スーパーボールなど、駄菓子以外のしょうもないものをいっぱい買ったものです。
私が中学生になった90年代はじめには、それらの駄菓子屋も風で吹き飛ばされたかのように一瞬にして無くなり。駐車場だの、普通の一戸建てなどに姿を変えました。でも代わりにコンビニができたので寂しくはありませんでした。
いま考えると、駄菓子屋の閉店とともに子ども達にとってのALWAYSは終わったのかな、という気もします。
あの時はよかったと思うときもあれば、今のほうがずっといいと思うときもある。私は自分の都合のいいように時代の変化を解釈して納得しようとしてしまします。映画をみてそんなことを思いました。
舞台は私が生まれる13年前の東京。比較的記憶力のいい(と思われる)私ですが、スクリーンで再現された景色は全く見覚えがありません。ほんの10数年という時間なのに、その変化は本当に驚異的です。
吉岡秀隆演じる茶川さんが半分道楽で営む駄菓子屋さん。80年代までは私の実家の近所にもたくさん有りました。こども達が付けた名前が面白くて「へっこみや」「でっぱりや」「とうふや」「しぶじぃ」「はまだ」などなど。それと何故か店主はみんな「じじ」「ばば」だった。
駄菓子屋はこども達のたまり場で、メンコやシール、スーパーボールなど、駄菓子以外のしょうもないものをいっぱい買ったものです。
私が中学生になった90年代はじめには、それらの駄菓子屋も風で吹き飛ばされたかのように一瞬にして無くなり。駐車場だの、普通の一戸建てなどに姿を変えました。でも代わりにコンビニができたので寂しくはありませんでした。
いま考えると、駄菓子屋の閉店とともに子ども達にとってのALWAYSは終わったのかな、という気もします。
あの時はよかったと思うときもあれば、今のほうがずっといいと思うときもある。私は自分の都合のいいように時代の変化を解釈して納得しようとしてしまします。映画をみてそんなことを思いました。
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