2017年2月12日日曜日

サバイバルファミリー


は本作を上映前からとても楽しみにしていました。電気もガスも水道も止まった世界で人はどう生きるのか。ハリウッドが作ったら世界を救う大作になりそうな内容を、コメディータッチに仕上げたのは秀逸だったと思います。

1.防災意識UP
日本のような震災大国では、生活インフラが寸断される危機は起こりうる。それに対しどう備えるか。そういう現実的な視点でみても含蓄ある内容だったと思います。3.11の丁度一ヶ月に公開したことも何かの暗示かと思います。

2.家族のカタチ
タイトル通り、家族が家族としてサバイバルする変化を描いています。困難を乗り越える過程で家族の絆を深める。ありきたりかも知れませんが錆び付かない普遍性のあるテーマだと思います。

便利さと引き換えに人間が失ってしまったものは何か?。そういう現代文明に対するアンチテーゼとして観ることも出来る。けど作品の本質はコメディーで、あくまでもエンタメとしてそんな「疑問」を切り取ったことが、改めて見事だと思います。

補足:エンドロールに流れた楽曲がとても良かったです。

2017年2月11日土曜日

自分が苦しんでいる時に

東京新聞 2017.02.11

今朝の東京新聞。給食にハラール(イスラムの戒律で許された食事:豚肉やアルコールが入っていない食事)への柔軟な対応を検討してほしいと述べたイスラムの女性に対する批判がネット上で広がっているらしい。

代表的な批判は「ここは日本だから日本で暮らすなら逆に日本文化を尊重した生き方をしなさい」というもの。郷に入れば郷に従え。という諺もあるくらいだし、僕もこの考え方は一理あると思う。

同時に、道徳的な話なのかも知れないが、社会的弱者やマイノリティーに対しては、多数派から寄り添った対応ができたら良いと思っている。もし自分が逆の立場になったら、そうした対応ができる社会に対して謝意が尽きないだろうと思う。

もう一つは、これも道徳的な話だと思うが、自分が苦しんでいる時に、他者に対して親切であれることは人の尊さの現れではないかと考えています。格差拡大による不満や憤りが、自分以外の弱者をつくることに向かいがちな不穏さを感じるだけに、こういう記事を目にすると、論理より別の何かに縋ってしまいます。

2017年2月8日水曜日

6勝23敗2分

東京新聞 2017.02.08

今朝の東京新聞。8年振りに勝利したボクサーの記事が載っていた。戦績は6勝23敗2分。よく折れずに続けている。凄い、というより何故続けられるのか、そのことに疑問を持つ。

記事では自分の可能性を信じていることが書かれている。そうか、周囲ではなく、自分で自分を信じているのか。確かにそうじゃなきゃ続けられない。

人から評価されることではなく、自分がやり切れたかどうか。それを軸にする限り振れない。これも一つの強さだと思う。とても良い気付きとなった。

2017年2月7日火曜日

窓の向こうのガーシュウィン


専業主夫の記録としておきながらちっとも育児や家事のことを書いていません。でも娘は今日も元気です。最近は下の歯が生え始めて可愛い。

難民問題とロボットの合間を縫うように宮下さんの小説を読んでいます。読みやすく優しい文章なので、コーヒーとケーキを食べる休憩時間のような読書となっています。

宮下さんの小説は登場人物の心の揺れを丁寧に描いていて、それが生々しく、思い当たる節をくすぐられる感じがしてドキっとすることがよくあります。側にあると落ち着く、日常のような小説です。

共謀罪とテロ等準備罪

東京新聞 2017.02.07

話題の「共謀罪」と「テロ等準備罪」について。僕は一体何を議論しているのか分からなくて混乱しています。

そもそも「共謀罪」は国際組織犯罪防止条約に批准するために必要不可欠。というのがことの始まりだった気がする。でも現行法でも批准が可能であるという指摘があり、それなら「共謀罪」は必要ないね、と思った。

そしたら今度は「共謀罪」とは別物の「テロ等準備罪」というものが登場し、これでも国際組織犯罪防止条約に批准できるということになった。でも法務省HPでは未だに「共謀罪」でないと条約批准はできないと言っている。

国際組織犯罪防止条約の批准には、
意見A: 現行法で充分
意見B: 共謀罪が不可欠

新たに登場したテロ等準備罪とは、
首相: 共謀罪とは別物

もう何が何だか分からない。それと紙面には国際組織犯罪防止条約に批准している欧米でテロが起き、批准していない日本では起きていないとあった。まずは国際組織犯罪防止条約そのものについて知ることが不可欠か。

2017年2月6日月曜日

組織と言論

東京新聞 2017.02.06

今朝の東京新聞。宮古さんのコラムを読んで、考えさせられた。組織に属する個人にどの程度まで自由な発言が許されるのかという問い。

僕は2年前まで東電の子会社で働いていた。仕事は自治体の環境学習施設を指定管理者として運営することで、原発問題について気を使うことが多くあった。施設としては自治体の方針で「中立」を求められたが、原発反対派の個人としてこのブログやSNSでどこまで発言してよいのかとても悩んだ。

結果として、Web上では原発問題に触れず、自然エネルギーを推進する投稿はしたが、直接的な反原発の投稿をすることがなかったと思う。その理由は、

⑴個人的資格
東電の子会社ということで、そこで給与をもらっている自分に反原発を公の場でいう資格は無いのではないかと葛藤していた。仮に同じ立場の人間がそういう発言をしていたら、僕は嘘くさく思ったと思う。

⑵施設の性質
原発に対し「中立」を求められる公立施設の運営職員として、Web上での発言は個人としての発言であってもそうは見做されない懸念があった。僕の発言が問題視されると他の職員にも迷惑がかかると考えた。

上司の存在
上司が面倒見の良い気さくな方でとても良い人だった。その上司は原発推進の考えを持つ人で、僕が反原発の考えを持っていると知っていたが、そのことで関係が悪くなることがなかった。なのであからさまに突っかかって議論となることを避けた。

今でもモヤモヤとしてスッキリしない。結局あやふやなまま問題となることを避け続けただけの様な気がする。自然エネルギーを推進する活動に投資や関わることを心の免罪符にしていたのも間違いないと思う。ただ、葛藤すら無かったのではないことは良かったと思う。

2017年2月5日日曜日

大重先生

東京新聞 2017.02.05

インフルにかかったみたいに頭がぼーっとするこの頃。早くこの体調不良から抜け出したいです。

今朝の朝刊に大学のゼミ教授だった大重先生のオピニオンが掲載されていて嬉しくなりました。大重先生も東京新聞を取っていることを知っていたので、以前に僕の投稿が掲載されたことを連絡したこともあります。

内容は日本の長時間労働について、ドイツとの対比から課題を指摘するものとなっています。

⑴企業横断的ルールの大切さ
ドイツで残業時間が少ないのは法律と労働協約による規制があるから。特にドイツでは産業別労働組合に力があり、ある意味企業が横並びとなる横断的なルールが機能している。日本には産業別労働組合は無いため、法律がもっと重要な役割を果たす必要がある。

⑵監督機能の強化
ドイツでは産業別労働組合とともに、日本の労働基準監督署にあたる労働安全局が監督機能を果たしている。日本の労働基準監督署は就労者比でドイツの1/3満たず、強化が不可欠である。

ルールがあり、それを監督する機能が働いていれば、不法な長時間労働は確かに減るだろう。労働時間が少ないのはドイツの国民性ではなく、こうしたロジックに基づく(ロジックが好きな国民性はあると思う)。基本的な事だが日本ではなかなか進まない。日本人はロジックでは動かない国民性を持っている気がしないでもない。