2017年3月28日火曜日

ただ在ることの意義

東京新聞 2017.03.25

ここ4日間分の新聞をまとめ読みしていたら自分の投稿記事を見つけた。もう少しで気付かずに捨てるところだった(笑)。内容はちょっと前にこのブログで書いたこと。なので詳しくはコチラを→
http://mongoool.blogspot.jp/2017/03/blog-post_12.html

問題はなぜ4日間分もまとめ読みをしているかということ。それは花粉がひどくて外に一歩も出られないからです。相方は娘を連れて実家に帰っているので、そうするとポストを見に出ることも億劫になる。

花粉症は辛い。一度発症するとその日は鼻水と目のかゆみが止まらず、本を読むことができない。なので家にこもって読書する。そうしてこの4日間で村上春樹氏の新作「騎士団長殺し」を読み切りました。

2017年3月18日土曜日

いじめ

東京新聞 2017.03.18

原発避難者に対するいじめ問題について、師岡さんのコラム。原発事故があろうがなかろうが「いじめ」そのものが卑劣であることを忘れてはいけない。その通りだと思う。一方、名古屋市が公開したいじめ自殺事件の報告書を読み、そこに書かれていたいじめが僕の知っている「いじめ」とはだいぶ違っていて衝撃を受けた。

http://www.city.nagoya.jp/kyoiku/cmsfiles/contents/0000050/50909/20160902ijimehoukokusyo.pdf
(報告書のURL)

僕の知っている「いじめ」とは、集団で個人を無視したり、それこそ原発避難者いじめのようにばい菌扱いしたり、時には暴力を振るったりして、抵抗できない弱者を追い込むものだった。だけど、報告書に書かれているいじめは、そういった特定の原因が分からないような、複合的で、しかも僕的にはいじめた側の悪意が明確とは思えないようなものだった。

言ってしまえば、何を「いじめ」と感じるかは相当個人差があるのだと思う。それとその人がその時に置かれている環境も大きい。

原発避難者いじめのような、誰もがいじめだと思う「いじめ」は本当に卑劣だし、師岡さんの言うように、そのことでいじめた側は良心の呵責に苦しむだろう。だけど、いじめたとされる側が、そのことに無自覚な場合もあるのではないかと報告書を読んで思う。「そんなつもりじゃなかった」とか、最悪の場合は「良いことしているつもりだった」ということも考えられる。

僕は自分に理解できないことがあると、それは社会が変化したからと、無理やり理由を外部化してしまう癖がある。だからまずインターネットやSNSの普及によって、多様化したコミュニティーや価値観が、そのまま原因の多様化になっているのではと考えてしまう。安直だろうけど、「いじめ」を感じる個人差は、そう言うことも実際にはあるんじゃないかという考えは捨てられない。



2017年3月17日金曜日

生後6ヶ月

娘が産まれて丁度半年経ちました。やっぱりあっという間だったかな。

君は(今のところは)手のかからないとてもいい子で、特に夜は起きることもなく朝まで寝続けてくれて、本当に助かりました。おかげで夜19時以降は本を読んだり、映画を観に行ったりすることができました。

ご飯もおっぱいとミルクをちゃんと飲んで、少し体重が少なくスリムちゃんだけど、ちゃんと平均の枠内に収まってくれているので安心しています。離乳食も嫌々することなく食べてくれてるね。今日初めて食べたトマトは嫌そうだったけど。。。

最近は声を出して笑うことも増え、その笑顔がとっても可愛くて癒されます。まだ髪の毛が少なくて坊主みたいな感じだけど、それも愛嬌があっていいかな。でも女の子だからいつまでも坊主じゃ嫌だよね。きっと。

ひちゃんはこの半年間、本当に一生懸命に、そしてパーフェクトに君を育てました。君は大きくなったらそのことに感謝しよう。僕はとっても感謝している。育児に関する本もたくさん読んで、その成果もきちんとでているよ。よく寝ててるからね。

次の半年もきっとあっという間かな。早く色々なことをお話しできるようになるといいな。うちはひちゃんも僕も自由な考え方をできるから、君の自由もちゃんと育ててあげられると思うよ。自由を育てるってあまり聞かないでしょ。でもね、育てるものなんだ自由は。

ひちゃんと僕のところに来てくれて本当にどうもありがとう。すくすく元気に大きくなってね。

Chara@クアトロ


娘が初風邪をひいてそれがうつった。花粉症も併発して鼻が完全に詰まり、呼吸困難で夜が眠れない。そんな最悪の体調下でのライブでした。

いつものオーロラバンドではなく、今回はギター、ベース、ドラムのみの4人編成でのライブ。クアトロ規模だから当然だけど、とても新鮮な感じがした。

正直なところ音はそれほど良く無かったし、セットリストも満足いくようなものでは無かったけど、ファンとしてCharaが25年前に初ライブをしたクアトロでCharaを観ることができて嬉しかった。

いくつになっても若々しくエネルギーに溢れたライブができるCharaはすごい。僕は「ハニー」以降のCharaがとても好きなので、オールタイムベストもいいのだけど、もっと最近の曲をたくさん聴きたいと思う。

2017年3月12日日曜日

「ただ在る」ことの大切さ

東京新聞 2017.03.12

東京新聞日曜朝刊。貴戸理恵先生のコラム。貴戸先生の視点には毎回ハッとさせられる。

先生の勤める大学では、学生のための資格取得や、留学、ボランティア活動紹介などの様々なサポートがあるそうだ。学びたい学生にとっては勿論ありがたい制度なのだけど、一方で「何かしなければ」という焦躁にさらされているようにも見えるという。

「何かしなければならない」。これは学生に限らず、というか僕にも何だか覚えのある感覚だ。僕がこの感覚を感じたのはSNSが普及して、友人やその友人の友人など、知っているから知らない人まで、さまざまな人たちの「何かしている」情報がなだれ込んできたから。

それは人の生活に好奇心をそそられる以上に、焦躁というか息苦しさを感じさせた。何となく「このままじゃよくない」「取り残される」という不安が広がり「何かしなければならない」と思うようになった。結局、僕はこの不安から逃げるためにSNSをやめた。

確かに「何もしない」と損することもある。新技術や新情報はキャッチアップしないと「差」がつく面があるのも否定できない。貴戸先生は「常に何かの「ため」に動いている状況は、疲れる。効率や便利さばかり求めるのではなく、「ただ在る」ことの意義をもう一度見つめなおしたい」という。正しい、正しくないの問題ではなく、一考に値する問いだと思う。

2017年3月11日土曜日

義父

東京新聞 2017.03.11

3.11から6年。思うことが色々ありすぎてまとまらない。だからと言うわけではないのだけど、たまたま「義父」の存在についての記事を見つけたので、僕の義父についても書いてみる。

僕の義父はどういう人かというと、A型の典型を地でいく超几帳面な方だ。少し前に定年退職されたが、高卒で入社した会社の総務部で働き通し、まさに総務の鏡のような人だった。

几帳面さには色々な逸話があり、その一つでよく持ち出すのが旅行の日程管理。国内、海外問わず、旅行の際には分刻みの工程表を作成する。それも4〜5回はアップデートをし、その都度工程表にはVer⚪︎と記載される。

そして実際の旅行の際には、計画通り行動することが最重要視される。1日の終わりには工程表がレビューされ、注釈がつけられる徹底ぶりだ。もちろん、注釈箇所には定規でラインが引かれ、とても分かりやすい仕上がりとなり、何時でも取り出せるようきちんとファイリングされる。

ファイリングと言えば先日面白いネタが出てきた。義父は大阪万博の入場券をまるで昨日購入しました言わんばかりの状態できちんと保管していたのである。たまたま万博が話題になった時、そう言えばという感じで、探す手間に1分もかからず入場券が登場した。すごい管理能力だ。

また義父は100を超える資格を取得していたり、社会的な問題に対しても意識が高い。近隣の公園に自然が少ないから、自治体に陳情して木を植えさせたりもした。自身も自然に関する知見に富んでいて、家庭菜園で採れた野菜を使って様々な料理を振舞ってくれる。

僕はそんな義父を本当に尊敬していて、身近で尊敬できる一番の人だと思っている。僕が気を遣いすぎてしまって中々フランクに話しかけることができないが、いまはその距離感でいいと思っている。

3.11を経て、僕にとって日本社会はとても息苦しいものになってしまった。直接の被災者でもないのに大袈裟かも知れないが、生きる指針がよく分からなくなってしまった。そんな時、義父の生き方というのが実直で誠実で、教えられるものの多さにハッとさせられる。

一年に一度、整理のつかない気持ちに向き合う。僕にとっての3月11日はそういう日です。

2017年3月10日金曜日

彼らが本気で編むときは、


映画アプリ「フィルマークス」で高評価の作品。僕も最高評価を付けました。

LGBTや家族のカタチなど、社会的な問題に正面から向き合いながら、説教臭くならず、心温まる素敵な物語に仕立てた脚本は本当に見事だと思いました。考えさせられ、そして涙する。僕のツボにどハマりです。

実際のLGBT問題について、僕は自分では理解ある方だと考えていました。でも映画を観て、その「理解」というのは結局他人事としての「理解」で、もっというと理解者ヅラしたエセ理解者だったのだと気付かされます。

自分の子どもがそうだったら、自分のパートナーがそうだったら、そして自分がそうだったら。自分ごとに置き換えてどれだけ考えてられていたか。自問するまでもなくNOでした。

また主演の生田斗真さんの役作りも大変素晴らしかったと思います。心の性=女性を演じた彼の演技に僕は心を打たれました。