2017年5月27日土曜日

パワハラは大人のいじめ

東京新聞 2017.05.27

久し振り投稿したら掲載していただいた。何気に投稿掲載率は高い方じゃないかと思います。嬉しい(笑)

内容は「パワハラ」について。職場でのパワハラは、学校でのいじめと同様に見て見ぬ振りをする同僚がいるのではないかと。そしてそのことにこころを痛めているのではないかと。僕の経験からも、匿名でパワハラを報告でき、調査対応できる組織が社内外にあれば良いと思う。そういう趣旨の投稿です。

でも、本音は匿名で報告するのではなく、その場で声をあげられる人になりたい。そういう人になれと言いたい。正義という言葉は間違って使われることが多いけれど、そういう人にこそ相応しい言葉だと思う。

2017年5月25日木曜日

ラストレター


風邪や下痢やロタなど、娘とシェアして散々な目に遭いながらも日々読書は続けています。

最近も沢山の良書に出逢いましたが、中でも今日読んださだまさしさんの「ラストレター」は、こころ温まるとても良いお話でした。笑い、泣き、そしてまた笑う。「昭和」なるものをテーマとしたラジオ局のお話なのだけど、僕にとっての「昭和」も案外そんな感じだったのだと思います。

本の最終章に、いまのマスコミを鼓舞するかのような力強いメッセージが書かれていたので、少し抜粋して紹介したいです。マスメディアに関わる人たちがこの本を手にとって読んだら、何を感じるのだろうか。

「メディアは今、本当の正義を見失い、己の立場だけの数字や好き嫌いやそして利益ばかりに夢中です。〜中略〜 僕らは時折思い上がり、身勝手な価値観だけで人を傷つけることがあります。僕は強く反省し、そして自分に言い聞かせています。少なくともメディアは、常に弱い人の味方であるべきだ、と。」


2017年5月20日土曜日

第7回リコー女流王座戦一次予選


女流王座戦一次予選の大盤解説会に行ってきました。解説は野月八段と上村四段、聞き手は加藤桃子女王。加藤女王はあまりイベントで見かけないので、生で見れてちょっと嬉しかったです。

僕が応援している女流棋士は中村真梨花さんと山根ことみさん。中村さんは少し危ない場面はあったものの一次予選を無事通過。山根さんは残念ながら敗退してしまいました。

聖の青春、3月のライオン、そして藤井四段の活躍で、将棋を知らない人にも将棋の話題が身近になってきましたが、女流棋戦はまだまだその潜在能力を活かしきっていないと思います。

将棋は「強さ」が絶対とされる競技でありながら、素人にはその「強さ」が理解できない。だから普及やファン獲得には「強さ」以外のことの価値がとても大きい。でも「強さ」の理解から離れすぎてしまうと、それは将棋ではなくなってしまう。

その点、今日の大盤解説会は、一度に10局以上を解説しなくてはならないという忙しないものだったけど、分かりやすさの点ではとても丁寧で理解が追いつき楽しめた。こういう機会を増やしていくことが、将棋の未来を明るくするのだなと思いました。

2017年5月18日木曜日

ジェイク・バグ@赤坂ブリッツ


ジェイク・バグ@久しぶりの赤坂ブリッツ。昨年のフジロックも良かったけど、今回はさらにひと回り大きくなったような、貫禄すら感じる素晴らしいライブだった。セットリストも抜けがなく大満足です。

客の入りはチケットが残ったこともあり7割程度。でもこれくらいがちょうどよいと思う。超混雑のライブハウスは何度も体験しているけど、圧迫の危険はもちろん、背の低い方にとっては前方に壁ができると何も見えなくなる。

だから、利益のことはわかるけれど、そもそもの定員設定を1~2割引いて見直してもいいんじゃないかと思う。その方がお客の満足度は絶対にあがる。そんな心意気のあるライブハウスの登場を首を長くして待っています。

2017年3月30日木曜日

読者からの反応

東京新聞 2017.03.30

先日東京新聞に掲載された僕の投稿を読んだ方が、元ネタを読みたいと編集部にメールを送ってくれとのこと。とても嬉しいし、そのことをこうして紹介してくれる東京新聞にも感謝です。どうもありがとうございます!

2017年3月28日火曜日

ただ在ることの意義

東京新聞 2017.03.25

ここ4日間分の新聞をまとめ読みしていたら自分の投稿記事を見つけた。もう少しで気付かずに捨てるところだった(笑)。内容はちょっと前にこのブログで書いたこと。なので詳しくはコチラを→
http://mongoool.blogspot.jp/2017/03/blog-post_12.html

問題はなぜ4日間分もまとめ読みをしているかということ。それは花粉がひどくて外に一歩も出られないからです。相方は娘を連れて実家に帰っているので、そうするとポストを見に出ることも億劫になる。

花粉症は辛い。一度発症するとその日は鼻水と目のかゆみが止まらず、本を読むことができない。なので家にこもって読書する。そうしてこの4日間で村上春樹氏の新作「騎士団長殺し」を読み切りました。

2017年3月18日土曜日

いじめ

東京新聞 2017.03.18

原発避難者に対するいじめ問題について、師岡さんのコラム。原発事故があろうがなかろうが「いじめ」そのものが卑劣であることを忘れてはいけない。その通りだと思う。一方、名古屋市が公開したいじめ自殺事件の報告書を読み、そこに書かれていたいじめが僕の知っている「いじめ」とはだいぶ違っていて衝撃を受けた。

http://www.city.nagoya.jp/kyoiku/cmsfiles/contents/0000050/50909/20160902ijimehoukokusyo.pdf
(報告書のURL)

僕の知っている「いじめ」とは、集団で個人を無視したり、それこそ原発避難者いじめのようにばい菌扱いしたり、時には暴力を振るったりして、抵抗できない弱者を追い込むものだった。だけど、報告書に書かれているいじめは、そういった特定の原因が分からないような、複合的で、しかも僕的にはいじめた側の悪意が明確とは思えないようなものだった。

言ってしまえば、何を「いじめ」と感じるかは相当個人差があるのだと思う。それとその人がその時に置かれている環境も大きい。

原発避難者いじめのような、誰もがいじめだと思う「いじめ」は本当に卑劣だし、師岡さんの言うように、そのことでいじめた側は良心の呵責に苦しむだろう。だけど、いじめたとされる側が、そのことに無自覚な場合もあるのではないかと報告書を読んで思う。「そんなつもりじゃなかった」とか、最悪の場合は「良いことしているつもりだった」ということも考えられる。

僕は自分に理解できないことがあると、それは社会が変化したからと、無理やり理由を外部化してしまう癖がある。だからまずインターネットやSNSの普及によって、多様化したコミュニティーや価値観が、そのまま原因の多様化になっているのではと考えてしまう。安直だろうけど、「いじめ」を感じる個人差は、そう言うことも実際にはあるんじゃないかという考えは捨てられない。