2012年10月20日土曜日
『街場の文体論』『続・悩む力』
内田先生の『街場の文体論』と姜先生の『続・悩む力』。両冊ともとても面白い本だった。
巷に溢れているような自己啓発本ではなく、学者として研究して、積み重ねてきた「確か」と思うことを、必要としている人にきちんと届くように、丁寧な文章で綴られている。
丁度、『街場の文体論』の中で、「論文は世の中に対する贈与』というようなことが書かれているが、両先生ともに、著作物の社会貢献ということに真摯であることが伝わってくる。
内容も抜群に面白い。面白すぎて脳が発熱してしまう。偶然か、両冊とも漱石の著作からの読み取りを挙げているが、過去の名著から現在を射るような解釈を展開するところが特にワクワクする。
本から暖かさや優しさのような感覚が伝わってくる。時間とか物理的な距離とかは関係なく、そういう本は必ず著者を身近に感じられる。それはその人にとっての大切な本の定義だと思う。
2012年10月15日月曜日
ちはやふる 102首
今週のちはやふる。吉野会大会準決勝。
準決勝を同会の後輩である千早に譲り、不戦敗となった広史さん。その広史さんに対し、原田先生のコメントが熱かった。
「私ならたとえ愛弟子でも死ぬ気で取る。まだまだ成長できるかも知れない。」
富士崎の顧問、櫻沢先生や千早の高校の国語教師のじいちゃんもそうだけど、ちはやふるの“先生”たちの言葉には重さがある。教育者としての重さではなく、経験の積み重ねによって生まれる重さがある。
次回から、千早×太一の決勝戦が始まる。なのに、2号続けて休載…。悲しい。
準決勝を同会の後輩である千早に譲り、不戦敗となった広史さん。その広史さんに対し、原田先生のコメントが熱かった。
「私ならたとえ愛弟子でも死ぬ気で取る。まだまだ成長できるかも知れない。」
富士崎の顧問、櫻沢先生や千早の高校の国語教師のじいちゃんもそうだけど、ちはやふるの“先生”たちの言葉には重さがある。教育者としての重さではなく、経験の積み重ねによって生まれる重さがある。
次回から、千早×太一の決勝戦が始まる。なのに、2号続けて休載…。悲しい。
2012年10月12日金曜日
マチヅクリ・ラボラトリーの挑戦 ~SOCO~
何度も何度もこのブログで登場しているマチヅクリ・ラボラトリー。次のプロジェクトが11月にスタートする。活動の拠点である宇都宮に「SOCO(ソーコー)」という共同オフィス(コ・ワーキング・スペース)をオープンさせる。
http://socoarea.jp/index.html (SOCOのHP)
この取り組みを「挑戦」だと思うのは、舞台が東京ではなく宇都宮であるから。実は東京には既にたくさんのコ・ワーキング・スペースが存在する。
IT、アートを中心とした、クリエイターたちが、共同でオフィスを間借りする。近い志向を持つものたちが「場」をシェアすることにより、リアルなコミュニケーションが発生する。それが刺激となり、アイデアやイノベーションが共創されていく。
ポテンシャルのある人材が無数に集まっていて、賃料がバカ高い東京で、コ・ワーキング・スペースが生まれたのは必然だったと思う。
けど、宇都宮の場合は違う。ここではコ・ワーキング・スペースは「まちづくり」の手段として明確に位置づけられている。人と人が繋がる「場」つくりが、地域活性化の原動力になると、確信をもって仕掛けられている。
話⇒飛
豊かなビオトープ作りを計画する際に、点として存在する異なるタイプのビオトープを、ネットワークで結ぶことが重要とされている。植樹や生き物の道の整備がそう。それが生物多様性を豊かにし、環境破壊による影響を柔らかくする効果を持つ。
日本というすこし大きな視点で俯瞰すると、宇都宮のコ・ワーキング・スペースは地域のビオトープとして捉えることができると思う。(ここでいうビオトープは多様な生き物がいる場と理解してください)
そして恐らく、この取り組みが成果を生むことにより、全国でも「まちづくり」等の+αの側面をもったコ・ワーキング・スペースが創造されてくる。それらもまた、地域のビオトープとして捉えることができると思う。
マチヅクリ・ラボラトリーの挑戦は、この地域のコ・ワーキング・スペースのネットワーク化も視野に入れていることではないだろうか。多様性のある社会を創り、課題を解決してくイノベーションを育む。これからも注目して動向を追っていきたい。
モンゴルの環境避難民
モンゴルの環境避難民。
2012年DAYS国際フォトジャーナリズム大賞2位の作品。
http://news-log.jp/archives/4378
モンゴルの環境問題の構造が伝わってくる。首都ウランバートルでは、これに加えて冬の大気汚染の問題がある。
暖をとるためにスラム街ではなんでも燃やす。その煤煙が街中をスモッグのように覆う。冬季の間、それが続く。
2012年DAYS国際フォトジャーナリズム大賞2位の作品。
http://news-log.jp/archives/4378
モンゴルの環境問題の構造が伝わってくる。首都ウランバートルでは、これに加えて冬の大気汚染の問題がある。
暖をとるためにスラム街ではなんでも燃やす。その煤煙が街中をスモッグのように覆う。冬季の間、それが続く。
大気汚染で霞む街 |
2012年10月10日水曜日
母校で授業
今日は母校の獨協大学で講義をしてきました。モンゴルの事例をもとに地球環境問題と私たち繋がり、そして地域間と世代間の二つの不公平について話をしました。
大講堂で、150名近くの学生を前に話をする機会はあまりないので、とても楽しかったです。思った以上に真剣に話を聞いてくれて、授業後に多くの方から感想もいただきました。
その中で特別嬉しかったのは「世間一般でいう“成功した”というのではないと思うが、目標となる生き方だと思う」というコメント。
環境問題についてレクチャーするとき、いつも5%目標というのを念頭において話をしている。参加者の5%に、自分が届けたいと思うメッセージがしっかり伝わったら成功だと思う。
そういう意味では、成果を出すことができたと満足している。けど、同時にもっともっと上手く話すことができたと思う。
この機会をくださった担当のO先生やゼミの先生に感謝です。
大講堂で、150名近くの学生を前に話をする機会はあまりないので、とても楽しかったです。思った以上に真剣に話を聞いてくれて、授業後に多くの方から感想もいただきました。
その中で特別嬉しかったのは「世間一般でいう“成功した”というのではないと思うが、目標となる生き方だと思う」というコメント。
環境問題についてレクチャーするとき、いつも5%目標というのを念頭において話をしている。参加者の5%に、自分が届けたいと思うメッセージがしっかり伝わったら成功だと思う。
そういう意味では、成果を出すことができたと満足している。けど、同時にもっともっと上手く話すことができたと思う。
この機会をくださった担当のO先生やゼミの先生に感謝です。
2012年10月8日月曜日
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