2010年11月8日月曜日

北区王子



東京散歩@北区王子。目的は扇屋さんの玉子焼き。王子だから玉子なのか、玉子焼きの老舗が有名みたいです。

東京は都心を少し離れると緑が多い。そして昔ながらの佇まいにであえる。ちょっと前に雑司ヶ谷を散歩したときもそれを実感した。


(雑司ヶ谷の鬼子母神)

緑の中を歩くと落ち着くし、自然を感じてとても幸せな気持ちになる。人間にとって自然は不可欠だけど、東京に住むとそのことをより体感できる気がする。それが良いのか悪いのか分からないけど。



樹木を見上げる写真を撮るのが好き。木が伸びる様はまるで無計画なようでとても芸術的に見える。誰がとってもきれいに撮れるし。それってすごい被写体だと思う。スーパーモデルなんかめじゃない。



お目当ての玉子焼き。ふんわりとしてコクのある甘さ。何より量が多くて食べきるのが大変だった。散歩の楽しみは自然と食。これはゆずれない。


話⇒変。

日中関係が良くない。これはもう定期的な出来事であって、政治的な外交カードとして利用されるに過ぎないものだと思っている。

歴史問題も、掘り起こしてはどっちが正しいの間違っているのだと言い合って、根本的な解決はもはや不可能だと思っている。

だからといって「真実」を探す努力を否定しているわけではない。むしろそれは続けていくべき重要な仕事だと考えている。

ただ、もう一つのベクトルが必要。それは未来を創っていこうとするベクトル。私たちの世代のベクトル。

日中韓、他のアジアの国々の高校生たちが英語でディスカッションをする場を作れたらいいと思っている(すでにやっているところはあると思う)。テーマは平和に関することや、自国の文化とか色々。そしてそれを動画でweb上にUPする。きっと反響を呼ぶと思う。

これからのアジアはますます人的交流が加速する。そんな時代に過去に囚われて差別や偏見で向き合ってしまうのはもったいないし、何も生み出さない。

だから若い世代は自分たちの未来は自分たちで創っていくという新しい価値観を持ったほうがいい。そしてそのためにはお互いに話し合いをするしかないだろう。言葉は英語で。それが一番公平だから。

了。

2010年11月6日土曜日

自分が少数派だと感じる瞬間

黒澤明監督の生誕百周年記念ということで近所の映画館で公開中の「七人の侍」を見てきた。名作は劇場で見たいと思う。だからタイミングよく見れてラッキーだった。スクリーンで見るとやっぱり迫力がぜんぜん違う。


話⇒変。

自分が少数派だと感じる瞬間がありますよね。私は、人と違うね、とか、変わってるねって言われるのは正直どう受け止めたらいいのか困ります。いちおう褒め言葉だと思うようにしていますが。きっとそうではないのでしょう。

それで、自分が少数派だと感じる瞬間は、

1.TVを見ない。(最近TV無し層は増えていると聞きます。私は15年近くまともに見ていません。)
2.結婚(式)に対する意識が希薄である。(特にありきたりの結婚式はどうでもいいと思っている。)
3.徒歩1時間圏内なら歩いて目的地まで行く。(散歩が好きなんです。)
4.薬を飲まない。(薬の効用をあまり信じていないです。)

こんな感じです。ほかにもきっとあると思うのですがパッと思いつかなかった。。指摘したい方は指摘してください。


話⇒変②。

重松さんの『希望が丘の人びと』と金原さんの『アッシュベイビー』を読んだ。



つい先日『涙の理由』で重松さんと茂木さんの対談を読んだので、同時期に書かれていたこの小説にとても興味があった。『涙の理由』が小説の主人公たちの涙の理由を感じるよい助けとなっていたように思う。



『アッシュベイビー』は蛇ピの金原さんの二作目。おそらくこの人の才能は抜きん出ていて、追いつけないといかついていけないところがある。でも記憶に残る表現力を持つな作家なので文章に中毒性がある。これからも読み続けると思う。


明日もよい一日でありますように。

2010年11月4日木曜日

ナビゲーターを借りて美術館を歩こう

私のパートナーは、美術館では館内の有料の解説ナビゲーター(相場:500円)を借りて鑑賞するタイプです。私は500円あったら3回我慢してCD1枚買おうと考えてしまうタイプ(私の金銭感覚は全てCD購入枚数で表現されます)なので、事前にネットで解説らしきものをチェックしてから鑑賞しています。

解説に囚われずに自分の感性で作品を楽しみたい。余計な先入観や知識を持たずに作品と出合うことに醍醐味がある。そういった見方があるのは知っているし、その意義も分かっているつもりです。ただ、それでもあえて美術館では解説ナビゲーターを借りて作品を鑑賞することをお勧めします。

解説機を借りることにより作品そのものの背景や、描かれた当時の時代性、社会通念などの理解が深まり、同時に鑑賞する目に補助線が引かれてより多面的に作品を楽しむことができるようになります。解説を聞かなければ分からなかった作品の文脈が自分の中に流れ、思わぬ感動を発見することにも繋がります。

美術だけでなく、音楽も解説する文化が大切な領域だと思います。特に洋楽ロックなんて解説が無かったらなんのことだかさっぱりわかりゃしないとも思っています。自分が音楽雑誌を読んだり、ネットで情報を拾っているのそれが理由で、解説も読まずに「分かる」なんていっている人はあんまり信じられないです。

ホワイト・ストライプスという好きなバンドがあって、バンドのフロントマンのジャックホワイトは「真の創造力とは制限する枠組みの中で生まれる」という名言を残しています。このバンドは、赤・白・黒をコンセプトカラーとして、ジャケットからライブのセットに至るまでこの3色で全ての表現活動を行っています。

自分はここからアート的なモノは意識的無意識的を問わず「枠組み」を必要としていて、その中で炸裂した創造力こそが表現なのだと考えるようになりました。そしてアート的なものを楽しむ側に、この表現者の「枠組み」を補助線を引く形で示してくれるものが「解説」なのではないかと思います。

ここまで読んで下さった方でこれまで解説を聞いたことのない方は、ぜひ一度解説を借りて美術館を歩いてみて下さい。きっと新しい感動があると思います。なければないで次は解説を聞かずに楽しんで下さい。

YUI



こんな超個性的で才能の塊のようなアーティストを今まで聴いてなかったなんて。武道館公演も間に合わなかったしショック。

最新作の「HOLIDAYS IN THE SUN」で衝撃を受けて、遡って全部のアルバムを聴いてみた。どれもすごくいい。改めてショック。あー。

彼女の音楽には自分が試されているような感じがする。自分がニセモノだって暴かれるようでまともに向き合えないような怖さがある。そんなアーティストに出会ってしまったのは初体験かも知れない。

これからしばらくはYUI一色になりそう。

Perfume@東京ドーム



Perfumeデビュー10周年記念ライブ@東京ドーム。キャパ5万人の会場が満席。チケットは即日完売。ここまで混雑した東京ドームは初めて。巨人戦も超える熱気だった。

正直ちょっと感動した。たった3人でドームを人で埋め尽くすなんてすごすぎる。メンバーの顔と名前も一致しないで、旬のアーティストを観ておこうと軽い気持ちできた自分を反省した。

パフュームはアイドルなのか分からない。アイドルに分類されるのだろうけど、あまりにもらしくない。ほとんど知らないけどAKBのような同時代のアイドルとはやはり違うだろうと思う。比べるのがばかばかしいくらいに。

ライブからはとてもストイックなものを感じた。アイドルを定義付けるような自我が全く前面に出てこない。モードがパフュームあっての客じゃなくて、完全に客あってのパフュームだったのだと思う。やっぱりアイドルではないと思う。

今回の東京ドーム公演は3人が自ら志願して実現したらしい。それも理由が自分たちを極限まで追い込みたかったからなのだという。そういう発想にすごく生身を感じてしまう。次はどこを目指すのだろう。

ロック評論家の大御所渋谷陽一氏をはじめ、ロッキンオンスタッフも今日のライブをブログに書いています。すごさが伝わるので読んでみて下さい。

パフュームライブの記事: 渋谷陽一 山崎洋一郎 兵庫慎司 小池清彦

2010年11月2日火曜日

三毒再考察と『涙の理由』



自分がマック難民化していると感じる今日この頃。まぁ無収入だからしょうがない。

今日の一冊は『涙の理由』。茂木さんと重松さんの対談本。タイトルに猛烈に引かれたので読んだ。涙の閾値がとてつもなく低い自分が、何だかお二人から説教されているように感じて気詰まりではあったけど、とても興味深く考えさせられる内容だった。


話⇒変。カツマーな自分は三毒追放(怒り・妬み・愚痴)を意識的に生活しているのだけど、怒りは追放すべきでないと思った。

というか、そもそもこの三毒追放の怒りは社会的な問題に対する怒りは対象としていない。いわゆる「イライラ」、それも対人関係におけるものを追放しようといっている。そこをつい最近まで思い違いをしていた。

怒りの無い状態は不自然だし、怒りを抑えている状態が比較的いい状態となるとも思えない。キレるのと怒るのは違う。自分の中に判断力を伴う正義を持った人の怒りは人間社会にとって必要なエネルギーだと思う。

同様にいいことだと思っていたけど、深く突き詰めて考えなくてはいけないと思う言葉に「素直」がある。ちなみに、このブログのSUAGEのSUは素直のSUです。

素直は上にも出てきた正義という言葉と密接な関係があると思っている。ともに判断力(情報を集め自分で考えて決める)が伴わないと毒になるし、正しさを考えない素直さは危険だ。


話⇒戻。本の中で好きな言葉。

「僕は、一生懸命に生きています」(茂木さん)

「精神の糖尿病」

本来、最上の快楽とは艱難辛苦を乗り越えた先にあるもの。けど現代は苦痛を避けて快楽だけを求めようとしてもそれが実現できてしまう。そんな状況を指して「精神の糖尿病」といっている。

私は「一生懸命に生きている」といえる人がすごい好きだし、とても尊敬してしまう。それはきっと自分が一生懸命に生きているのとは違うからなんだと思う。

2010年11月1日月曜日

帰国報告とまとめ

ちょっと遅くなりましたが帰国報告です。

本日江戸川区に住民票を戻して本帰国です。足元が落ち着かなかったのですっきりしました。今後は今月の短期ボランティア選考を受け、本来の任期である来年6月までボラ活動をする予定です。

モンゴルでの活動を総括すると、大きく2つのいいことと大変なことがありました。

いいことは、

・同期をはじめとする素敵な人たちとの出会いがあったこと
・環境教育について真剣に考え、実践する場がつくれたこと

大変だったことは、

・大気汚染にやられ体調がぼろぼろになったこと
・言葉の壁が厚く、特に前半は現地の人とのコミュが難しかったこと


そして一番印象に残っているのは、エコクラブの発表会と自然観光学科の研修(2つですね、、)。どちらも忘れらない、そして人生観に大きな影響を受けた出来事です。


何はともあれ、やっぱり人との出会いが大きかった。それが全てと言ってもいいくらい。出会いによって学び生かされる様は、どこにいてもいくつになっても変わらないものです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

特に、共に活動を続けてきたO隊員からは本当に沢山のことを学ぶことができたと思う。O隊員を通じてまた自分のことを知るようになった。これからも同じ方向性を向いて共に活動を続けて行きたいし、きっとそうなる気がする。


色々とあったけれどモンゴルは好きな国です。歴史や文化にも興味が尽きません。なのでこれからもモンゴルとは関わりを持ち続けていきたいと考えています。モンゴルの環境問題に関してもアンテナを張り続け発信していきたいと思います。

また日本にはモンゴルで出会ったT君がいます。彼は将来のモンゴル担う人物なので、彼とビジョンを語り、モンゴルのこれからについて考えていきたいです。

簡単だけど以上まとめ。モンゴルでの経験と反省は次の国で活かします。