2017年3月30日木曜日

読者からの反応

東京新聞 2017.03.30

先日東京新聞に掲載された僕の投稿を読んだ方が、元ネタを読みたいと編集部にメールを送ってくれとのこと。とても嬉しいし、そのことをこうして紹介してくれる東京新聞にも感謝です。どうもありがとうございます!

2017年3月28日火曜日

ただ在ることの意義

東京新聞 2017.03.25

ここ4日間分の新聞をまとめ読みしていたら自分の投稿記事を見つけた。もう少しで気付かずに捨てるところだった(笑)。内容はちょっと前にこのブログで書いたこと。なので詳しくはコチラを→
http://mongoool.blogspot.jp/2017/03/blog-post_12.html

問題はなぜ4日間分もまとめ読みをしているかということ。それは花粉がひどくて外に一歩も出られないからです。相方は娘を連れて実家に帰っているので、そうするとポストを見に出ることも億劫になる。

花粉症は辛い。一度発症するとその日は鼻水と目のかゆみが止まらず、本を読むことができない。なので家にこもって読書する。そうしてこの4日間で村上春樹氏の新作「騎士団長殺し」を読み切りました。

2017年3月18日土曜日

いじめ

東京新聞 2017.03.18

原発避難者に対するいじめ問題について、師岡さんのコラム。原発事故があろうがなかろうが「いじめ」そのものが卑劣であることを忘れてはいけない。その通りだと思う。一方、名古屋市が公開したいじめ自殺事件の報告書を読み、そこに書かれていたいじめが僕の知っている「いじめ」とはだいぶ違っていて衝撃を受けた。

http://www.city.nagoya.jp/kyoiku/cmsfiles/contents/0000050/50909/20160902ijimehoukokusyo.pdf
(報告書のURL)

僕の知っている「いじめ」とは、集団で個人を無視したり、それこそ原発避難者いじめのようにばい菌扱いしたり、時には暴力を振るったりして、抵抗できない弱者を追い込むものだった。だけど、報告書に書かれているいじめは、そういった特定の原因が分からないような、複合的で、しかも僕的にはいじめた側の悪意が明確とは思えないようなものだった。

言ってしまえば、何を「いじめ」と感じるかは相当個人差があるのだと思う。それとその人がその時に置かれている環境も大きい。

原発避難者いじめのような、誰もがいじめだと思う「いじめ」は本当に卑劣だし、師岡さんの言うように、そのことでいじめた側は良心の呵責に苦しむだろう。だけど、いじめたとされる側が、そのことに無自覚な場合もあるのではないかと報告書を読んで思う。「そんなつもりじゃなかった」とか、最悪の場合は「良いことしているつもりだった」ということも考えられる。

僕は自分に理解できないことがあると、それは社会が変化したからと、無理やり理由を外部化してしまう癖がある。だからまずインターネットやSNSの普及によって、多様化したコミュニティーや価値観が、そのまま原因の多様化になっているのではと考えてしまう。安直だろうけど、「いじめ」を感じる個人差は、そう言うことも実際にはあるんじゃないかという考えは捨てられない。



2017年3月17日金曜日

生後6ヶ月

娘が産まれて丁度半年経ちました。やっぱりあっという間だったかな。

君は(今のところは)手のかからないとてもいい子で、特に夜は起きることもなく朝まで寝続けてくれて、本当に助かりました。おかげで夜19時以降は本を読んだり、映画を観に行ったりすることができました。

ご飯もおっぱいとミルクをちゃんと飲んで、少し体重が少なくスリムちゃんだけど、ちゃんと平均の枠内に収まってくれているので安心しています。離乳食も嫌々することなく食べてくれてるね。今日初めて食べたトマトは嫌そうだったけど。。。

最近は声を出して笑うことも増え、その笑顔がとっても可愛くて癒されます。まだ髪の毛が少なくて坊主みたいな感じだけど、それも愛嬌があっていいかな。でも女の子だからいつまでも坊主じゃ嫌だよね。きっと。

ひちゃんはこの半年間、本当に一生懸命に、そしてパーフェクトに君を育てました。君は大きくなったらそのことに感謝しよう。僕はとっても感謝している。育児に関する本もたくさん読んで、その成果もきちんとでているよ。よく寝ててるからね。

次の半年もきっとあっという間かな。早く色々なことをお話しできるようになるといいな。うちはひちゃんも僕も自由な考え方をできるから、君の自由もちゃんと育ててあげられると思うよ。自由を育てるってあまり聞かないでしょ。でもね、育てるものなんだ自由は。

ひちゃんと僕のところに来てくれて本当にどうもありがとう。すくすく元気に大きくなってね。

Chara@クアトロ


娘が初風邪をひいてそれがうつった。花粉症も併発して鼻が完全に詰まり、呼吸困難で夜が眠れない。そんな最悪の体調下でのライブでした。

いつものオーロラバンドではなく、今回はギター、ベース、ドラムのみの4人編成でのライブ。クアトロ規模だから当然だけど、とても新鮮な感じがした。

正直なところ音はそれほど良く無かったし、セットリストも満足いくようなものでは無かったけど、ファンとしてCharaが25年前に初ライブをしたクアトロでCharaを観ることができて嬉しかった。

いくつになっても若々しくエネルギーに溢れたライブができるCharaはすごい。僕は「ハニー」以降のCharaがとても好きなので、オールタイムベストもいいのだけど、もっと最近の曲をたくさん聴きたいと思う。

2017年3月12日日曜日

「ただ在る」ことの大切さ

東京新聞 2017.03.12

東京新聞日曜朝刊。貴戸理恵先生のコラム。貴戸先生の視点には毎回ハッとさせられる。

先生の勤める大学では、学生のための資格取得や、留学、ボランティア活動紹介などの様々なサポートがあるそうだ。学びたい学生にとっては勿論ありがたい制度なのだけど、一方で「何かしなければ」という焦躁にさらされているようにも見えるという。

「何かしなければならない」。これは学生に限らず、というか僕にも何だか覚えのある感覚だ。僕がこの感覚を感じたのはSNSが普及して、友人やその友人の友人など、知っているから知らない人まで、さまざまな人たちの「何かしている」情報がなだれ込んできたから。

それは人の生活に好奇心をそそられる以上に、焦躁というか息苦しさを感じさせた。何となく「このままじゃよくない」「取り残される」という不安が広がり「何かしなければならない」と思うようになった。結局、僕はこの不安から逃げるためにSNSをやめた。

確かに「何もしない」と損することもある。新技術や新情報はキャッチアップしないと「差」がつく面があるのも否定できない。貴戸先生は「常に何かの「ため」に動いている状況は、疲れる。効率や便利さばかり求めるのではなく、「ただ在る」ことの意義をもう一度見つめなおしたい」という。正しい、正しくないの問題ではなく、一考に値する問いだと思う。

2017年3月11日土曜日

義父

東京新聞 2017.03.11

3.11から6年。思うことが色々ありすぎてまとまらない。だからと言うわけではないのだけど、たまたま「義父」の存在についての記事を見つけたので、僕の義父についても書いてみる。

僕の義父はどういう人かというと、A型の典型を地でいく超几帳面な方だ。少し前に定年退職されたが、高卒で入社した会社の総務部で働き通し、まさに総務の鏡のような人だった。

几帳面さには色々な逸話があり、その一つでよく持ち出すのが旅行の日程管理。国内、海外問わず、旅行の際には分刻みの工程表を作成する。それも4〜5回はアップデートをし、その都度工程表にはVer⚪︎と記載される。

そして実際の旅行の際には、計画通り行動することが最重要視される。1日の終わりには工程表がレビューされ、注釈がつけられる徹底ぶりだ。もちろん、注釈箇所には定規でラインが引かれ、とても分かりやすい仕上がりとなり、何時でも取り出せるようきちんとファイリングされる。

ファイリングと言えば先日面白いネタが出てきた。義父は大阪万博の入場券をまるで昨日購入しました言わんばかりの状態できちんと保管していたのである。たまたま万博が話題になった時、そう言えばという感じで、探す手間に1分もかからず入場券が登場した。すごい管理能力だ。

また義父は100を超える資格を取得していたり、社会的な問題に対しても意識が高い。近隣の公園に自然が少ないから、自治体に陳情して木を植えさせたりもした。自身も自然に関する知見に富んでいて、家庭菜園で採れた野菜を使って様々な料理を振舞ってくれる。

僕はそんな義父を本当に尊敬していて、身近で尊敬できる一番の人だと思っている。僕が気を遣いすぎてしまって中々フランクに話しかけることができないが、いまはその距離感でいいと思っている。

3.11を経て、僕にとって日本社会はとても息苦しいものになってしまった。直接の被災者でもないのに大袈裟かも知れないが、生きる指針がよく分からなくなってしまった。そんな時、義父の生き方というのが実直で誠実で、教えられるものの多さにハッとさせられる。

一年に一度、整理のつかない気持ちに向き合う。僕にとっての3月11日はそういう日です。

2017年3月10日金曜日

彼らが本気で編むときは、


映画アプリ「フィルマークス」で高評価の作品。僕も最高評価を付けました。

LGBTや家族のカタチなど、社会的な問題に正面から向き合いながら、説教臭くならず、心温まる素敵な物語に仕立てた脚本は本当に見事だと思いました。考えさせられ、そして涙する。僕のツボにどハマりです。

実際のLGBT問題について、僕は自分では理解ある方だと考えていました。でも映画を観て、その「理解」というのは結局他人事としての「理解」で、もっというと理解者ヅラしたエセ理解者だったのだと気付かされます。

自分の子どもがそうだったら、自分のパートナーがそうだったら、そして自分がそうだったら。自分ごとに置き換えてどれだけ考えてられていたか。自問するまでもなくNOでした。

また主演の生田斗真さんの役作りも大変素晴らしかったと思います。心の性=女性を演じた彼の演技に僕は心を打たれました。

2017年3月9日木曜日

プーチンの国家戦略

小泉悠「プーチンの国家戦略」東京堂出版 2016

最近の関心事であるシリア難民問題を理解するための手掛かりとして手に取った一冊。目的からすると外れた内容ではあったものの、これまでほとんど知らなかったロシアの内情を垣間見る興味深い一冊でした。

本書を読んで、僕の世界観というのは冷戦後の欧米を中心とした西側価値観に基づくものだと認識させられます。要は、ロシアはそれとは違う視点で世界をみているということ(日本と中国、韓国との間の視点の違いは、裏返し的な部分があるからまだ理解しやすい。ロシアとのそれは全く異なる)。そしてその違いが様々な問題(最近ではクリミア半島問題)と地続きであることが分かります。

固定観念は相当根深く、知らず思考を支配してくるので厄介なもの。ブルー・ハーツの情熱の薔薇に「見てきたものや聞いたこと、今まで覚えた全部、でたらめだったら面白い、そんな気持ちわかるでしょ」という歌詞がある。「でたらめ」な視点で見ないと分からない物事はたくさんあるのだと気付かされます。

2017年3月8日水曜日

水曜日のカンパネラ@武道館


水曜日のカンパネラ初の武道館公演。楽しかった。宙に浮いたり、ステージに人が溢れたり、過剰すぎるくらいの演出も含めて、ただひたすらに楽しかった。楽しさを追求し、お客さんを楽しませることはもちろん、コムアイ本人も楽しくやることに徹底した感じのライブだった。

残念だったのは空席がちょっと目立ったこと。武道館はまだ早かったのかな。楽曲はキャッチャーだし、中々ない個性的なアーティストなので多くの人に観て欲しいのだけど、スマッシュヒットがないとこの規模のハコを埋めるのは大変か。

先月にリリースされたばかりの新譜はとても良かった。カンパネラらしさ全開で、メジャー1stなのに既に集大成みたいな内容だったと思う。だから次はこれまでにないような、想像の上をいく新曲を期待したい。

次から次へすごい速さで「旬」が移り変わっていく時代だけに、好きなアーティストの今後が心配になる。カンパネラもそう。また武道館に戻って来れるように応援したい。

2017年3月7日火曜日

きずなづくり大賞

東京新聞 2017.03.07

今朝の東京新聞裏一面。きずなづくり大賞の記事。今回で10回目となるこの賞はここで幕を閉じるとのこと。素敵な賞だけにもったいない。何というか、良いニュースはいくらあっても良い。この頃そう思う。新聞でも一面は明るいニュースを読みたいものだ。「優しさに触れると人は優しくなれる」。高校生の時の日記に書いた言葉だけど、僕の中でこれはいまでも真実。きずなづくり大賞の記事を読んで思い出した。

話→変

ここ数日「森友学園問題」が世間を賑わしている。僕は現政権に批判的だから、最初はよしって思ったけど、今はメディアの節操なさと中身の無さに呆れてしまっている。要はただ金のなる話題でしかない。この問題を機に、僕は「愛国心」について深く考えた方がいいと思う。

2017年3月5日日曜日

常に備えよ


映画「サバイバルファミリー」を観たあと、うちでは相方が防災意識に目覚め、いま凄まじい勢いで防災準備が進んでいます…。

食料備蓄も味にまでこだわり、いくつか味見をさせられました。でも確かに防災準備は必要で、実際に何かがあってからでは遅いわけで、備えあれば憂いなし、と言うのはその通りなのだと思います。

娘もまだ小さいので一番の災害弱者になります。震災大国日本。危機は忘れた頃にやって来るので、家族揃って生き延びられるようしっかりシュミレートしておきます。

補足。最近購入した防災グッズ。

簡易トイレ
歯間ブラシ
ソーラーライト
魔法瓶
ガスコンロ
非常食

2017年3月4日土曜日

湯を沸かすほどの熱い愛


昨日、日本アカデミー賞が発表され、主演女優賞に宮沢りえ、助演女優賞に杉咲花が選ばれた。この二人が出演した「湯を沸かすほどの熱い愛」は、僕的に最優秀作品で、本当に素晴らしい映画だったと思います。

↓記録としてフィルマークスで書いたレビューを転記↓

僕は考えさせられる映画と優しさに満ち溢れた映画が好きです。本作はそのどちらの点からも、僕にとってとても重要な映画でした。なので最高評価をつけています。

1.泣けます
僕は涙腺が緩くて、映画をみて泣いてしまうことがよくあります。でもこの映画はそうでない人でも涙してしまうのではないでしょうか。大切な人を想う気持ちと、厳しい現実から逃げない勇気に、自分でもどうしようもないくらい心を打たれ泣いてしまいました。

2.愛
湯を沸かすほどの熱い愛。近年稀に見る素晴らしいタイトルだと思います。ここまで直球で「愛」を描いた作品も珍しければ、描かれた「愛」がここまで熱い作品も珍しい。タイトルに相応しい「愛」にひたすら感動しました。

3.宮沢りえ
宮沢りえさんの演技は本当に凄かった。女優の真髄を感じずにはいられない迫真の演技に万雷の拍手を送りたいです。「僕らの七日間戦争」から何年経つのだろう。キャリアの重ね方がオードリーの様に映りました。

昨秋公開でロングランしているのが納得です。多くの人にスクリーンで観てもらいたいと思う映画です。作り手の「仕事」に対する熱意に敬意を払いたい。絶賛し過ぎで嘘くさいかも知れませんが、本当に良い映画でした。

2017年3月3日金曜日

共謀罪

東京新聞 2017.03.03

このブログでも何度か書いている「共謀罪」。共同通信の1月の世論調査では賛成42.6%、反対40.7%と賛成が若干上回った。賛成派に理由を聞くと、実はよく理解していなかったという記事。北朝鮮の暗殺ニュースが2週間もトップで流れるくらい平和な日本だから(←皮肉ですよ。念のため)、何となく予想はついていたけど、実際に数字で見ると暗澹たる気持ちになります。

僕は「共謀罪」とは、すでにオートロックに監視カメラがついたマンションに、さらに家の中にまで監視カメラと盗聴機つけましょう!と押し売りしてくるセールスマンのようなイメージしか持てない。それでも必要という人がたくさんいそうで怖いのだけど。。

きちんと議論されて、国民の理解が深まり、その結果として法案が成立するのなら分かる。でも残念ながら、新安保、特定秘密保護法、カジノ法など、議論の前に採決有りきで進んでしまった。メディアの責任は重いと言うのは簡単だけど、もうそう言う次元ですらない気もする。


転がる岩、君に朝が降る

NO NUKESの予習でアジカンを聴きなおしています。「World World World」に収録されている「転がる岩、君に朝が降る」聴いていたらちょっと泣けてしまったので紹介(笑)

https://youtu.be/sXrkgyxATwg

理由も無いのに何だか悲しい
泣けやしないから余計に救いがない
そんな夜を温めるように歌うんだ

いい歌だな。アジカンは凄いよ。「Wonder Future」も気合いの入ったロック・アルバムだったし、聴いてて自分が強くなったように感じる。本当は弱いのにさ。ロックってそういうもんだと思う。


第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞

同ホームページより

今年も「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞が発表された。僕はこの大賞がとても好きだし、もっと広く報道されてもいいんじゃないかと思っています。

↓応募資格をコピペ

過去5年以上にわたって、以下の5つの条件に全て該当していること

  1. 人員整理を目的とした解雇や退職勧奨をしていないこと(東日本大震災等の自然災害の場合を除く)
  2. 外注企業・協力企業等、仕入先企業へのコストダウンを強制していないこと
  3. 障がい者雇用率は法定雇用率以上であること(常勤雇用50人以下の企業で障がい者を雇用していない場合は、障がい者就労施設等からの物品やサービス購入等、雇用に準ずる取り組みがあること)
  4. 黒字経営(経常利益)であること(一過性の赤字を除く)
  5. 重大な労働災害がないこと(東日本大震災等の自然災害の場合を除く)
以上

東京新聞社説では「厳格すぎるほど」と評価されていたが、僕はまっとうなことを行い続ける企業の経営努力の姿勢が現れる基準だと感じた。ブラック企業なんて言葉があるくらいひどい経営をしている企業がある一方…。なんて比べたくなっちゃうけど、企業として同列に並べてしまうのは失礼かなと思う。

良いニュースが報道される価値は、悪いニュースが報道されるよりも前向きで社会をより良くする。話が最初に戻るけど、もっと報道される価値のある大賞だと思います。

2017年3月1日水曜日

配達サービス

東京新聞 2017.03.01

僕もネット通販ヘビーユーザーだった時期があるので、自分ゴトの問題として捉えている。日時指定配達サービスは確かに便利だが、配達員の負担は相当なものだと思っていた。ユーザーとして、既存のサービスでできることは、

1.コンビニor営業所留め
2.事前通知サービス

まずはこの2点。1は要は自分から受け取りにいくこと。2は再配達を少なくするために有効。

あと、うちは留守の時、隣の大家さんが荷物を受け取ってくれることがある。近隣付き合いが生きていれば、そういうのもありだと思う。誰も損しないだろう。

ちなみにモンゴルでは自分の郵便物は全て郵便局まで受け取りに行くシステムだった。行っても届いてないことや、受け取りまでに時間がかかったりと、当初は不便を感じたが慣れたら何とも無くなった。


僕は誰かの負荷の上に成り立つ「便利さ」を便利と言っていいのか疑問に思う。それを求めるくらいなら、図の左下のような少しのニッコリでいいくらいの「便利さ」が丁度いい。配達サービス以外にもこういう事ってあるんじゃないかな。